奈良地方裁判所 昭和26年(行)4号 判決
原告 田中楢次郎 外二名
被告 国・奈良県知事
一、主 文
原告等の請求は何れも之を棄却する。
訴訟費用は原告等の連帯負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は、被告等は別紙第一目録記載の宅地建物につき原告田中楢次郎に対し昭和二十四年二月二日附買収令書を以て為された買収処分別紙第二目録記載の農地につき原告田中茂並に同シカエに対し昭和二十二年五月二十日附買収令書を以て為された買収処分及び前記各物件につき夫々為された各売渡処分が何れも無効であること並びに右第一目録記載の宅地建物につき原告田中楢次郎が所有権を有し、右第二目録記載の農地につき原告田中茂、同シカエが共有権を有することをいずれも確認しなければならない。被告奈良県知事は前項の宅地建物につき(イ)奈良地方法務局葛城支局昭和二十四年十一月九日受付第一、〇九四号を以て農林省のためになされた買収による土地所有権取得登記(ロ)同支局同二十五年七月三日受付第二、一三六号を以て苗村藤次郎、吉本忠次郎のためになされた売渡及び買収売渡による土地所有権取得登記、(ハ)同支局同年同月二十六日受付第二、三〇八号を以て苗村藤次郎のためなされた買収売渡による建物所有権取得登記及び前項の農地につき(ニ)同地方法務局八木出張所同二十四年八月三十日受付第五八四号を以て各買受人のためなされた買収売渡による土地所有権取得登記がいずれも無効であることを確認し、各その抹消登記手続をせよ、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、大和高田市農地委員会は昭和二十三年九月十六日原告田中楢次郎所有に係る別紙第一目録記載の宅地建物(以下本件宅地建物と称する)につき自作農創設特別措置法(以下自創法と称する)第十五条により金橋村農地委員会は昭和二十二年三月十四日原告田中茂、同シカエ共有に係る別紙第二目録記載の農地(以下本件農地と称する)につき自創法第三条によりそれぞれ買収計画を立て、奈良県農地委員会の承認を得被告奈良県知事は右宅地建物につき昭和二十四年二月二日附買収令書、右農地につき昭和二十二年五月二十二日附買収令書を以てそれぞれ買収処分を行い其後右各物件につき夫々売渡処分をした。しかしながら右買収処分並に売渡処分には左記の実体上及び手続上の重大なる瑕疵が存在するから何れも無効である先ず実体上の瑕疵として、原告田中楢次郎関係の本件宅地建物については、
(一) 本件建物は原告田中楢次郎の所有であり、大正十二、三年頃当時大日本紡績の職工長をしていた訴外苗村藤次郎の父にその住宅用として賃貸した世間普通にいう借家であり特定農地の耕地用として使用することを条件として賃貸したものではない。その後右苗村藤次郎がその父の存命中右建物に同居して小作農に従事し、父の死後家督相続により賃貸借契約上の地位を承継したからといつて右建物の契約上の使用目的が変更されたことはないから右建物の一部が農作物の収納に充てられ或は雨天の場合の脱穀作業に利用されるとしても自創法第十五条第一項第二号の所謂自創法第三条の規定により買収する農地につき自作農となるべき者が賃借権を有する建物を以て論ずることはできない。又同条に所謂建物とは其の主たる用途が売渡を受けたる農地の農耕上必要欠くべからざる建物でなければならないのであつて、本件建物の如く数棟の建物がある場合で附属建物の一部が農耕に供用できてもその主たる部分即ち本宅が農業以外の如何なる業務に従事する者の供用にも適する建物は客観的に社会通念に照らして観察すれば到底同条の建物と看做すことはできない。又買受申出人たる右苗村藤次郎は右建物を特定の農地の耕作に専用する目的を以て賃借したものでないから本件建物買受申請を為す適格者ではない。
(二) 次に本件宅地のうち右苗村藤次郎の使用する大字土庫五十五番地四十三坪同所五十六番地八十九坪のうち十二坪四合(現在は分割されて五十六番地の二と表示)(以下右二筆の土地を単にA宅地と称する)については原告田中楢次郎と右苗村藤次郎との間にかつて賃貸借関係は存在しない。即ち地上の本件建物については前記のとおり原告田中楢次郎と右苗村藤次郎の亡父との間に賃貸借契約はあつたが右宅地については本件建物の使用に附随して使用させていたに過ぎないもので賃貸借契約は存在しない。右苗村藤次郎が家督相続によつて建物の賃借権を承継しても右宅地の賃借人ではないから、自創法第十五条の賃借権を有する宅地には該当しない。右宅地のうち大字土庫五十五番地四十三坪のうち約半分の空地が同人の農耕用に供せられているがその残部は本件建物の敷地であり全般的にみて右宅地が農耕用に必要なものであるとはいえない。同人が本件建物を借りて農業を営むについて右空地を仮用するに過ぎないものであるから右宅地の買受を申請する資格がない。又右五十六番地の八十九坪の土地を訴外吉本忠次郎及び右苗村藤次郎両名を共同買受人として買収処分を為し其の一部十二坪四合を右苗村藤次郎に売渡処分を行つたものであるが一筆の土地の一部を分筆せずして之を右苗村の為に残部を右吉本忠次郎の為に買収処分を行つたのは違法である。
(三) 本件宅地のうち買収申請人である訴外吉本忠次郎の使用する大字土庫五十六番地八十九坪の残部七十六坪六合(現在五十六番地の一と表示、以下単にB宅地と称する)について同人は賃借人ではない。即ち右宅地はもと訴外当麻定雄の所有であつたが昭和六年一月訴外藤本繁巳が買受け、更に同年三月五日原告田中楢次郎が同人より之を買受けその所有権を取得したものであり、右宅地上には右藤本所有の建物があつたので同日右原告は右藤本に対し右宅地を期間を同日以後向う六ケ年間、地料一ケ年米四斗八升八合と定めて賃貸し、同人は右期間満了後は地上建物を収去して該宅地を明渡すこと、右期間内に地上建物を他へ売却したときは期間内と雖も賃貸借は終了するものとする旨確約したにも拘らず、約定期限経過後も地上建物を収去せず又宅地の返還もしなかつたので右原告は右藤本に対し昭和十二年八月二十八日内容証明郵便でその履行を催告した。その後同人は神戸へ移住し、その母藤本ナヲの弟である前記吉本忠次郎が右建物に居住して右宅地を使用し、本件買収当時に及んだものであつて同人は右宅地上に建物を所有せず又右宅地について賃借権を有しなかつたものであるから右宅地は自創法第十五条の賃借権を有する宅地に該当しない。右のとおりで前記賃貸借消滅後、前記藤本繁巳は右宅地を不法占拠しているもので右吉本忠次郎が右本件宅地の売渡を受くると同時にその地上の右藤本所有の建物を農地改革により売渡を受けたに過ぎないから賃借権を承継したことも新たに原告田中楢次郎との間に賃貸借契約を締結したこともないのであるから右吉本忠次郎が以前から前記建物に居住し右宅地を使用していても右宅地自体は自創法第十五条の宅地ではなく買受申請の適格を有しない。
次に原告田中茂、同シカエ関係の本件農地については、
(四) 本件農地は金橋村大字曲川の南部に位し、西は大和高田市大字今里に接し、北に国鐵高田桜井線が通じ国鉄金橋駅に近く、その南方を東西に目下新設中の新国道十五号線の両側に直接し或は近接しており、現況田であるが湿田ではなく別段盛土をしなくとも住宅地、工場地等農耕以外の用途に充てうる土地である。右新国道の工事は戦前から戦後にかけて一時停頓していたが本件農地の買収当時既に再開され近く大和高田市まで完成の見込であり、開通の暁は旧国道十五号線と共に大阪、奈良、和歌山を結ぶ交通の要路線となる可能性があり、本件農地附近もこれによつて住宅地、工場地化することが考えられる。まして金橋村が大和高田市に合併されることの予想される現在尚更である。かかる事態に至ることは本件農地の買収計画当時既に予見できたものであるから本件農地の全部とりわけ新国道路線の両側百五十米、国鉄金橋駅から百五十米内外の各農地は近く使用目的の変更さるべき土地として自創法第五条第五号により買収より除外すべきであるのに金橋村の他の大字と同様買収の対象としたのは違法である。
(五) 本件農地は原告田中茂、同シカエの住所地である大和高田市とは畦畔を境として隣接する金橋村大字曲川に存し、同大字の地域は同市に住所を有する者が所有し又は小作していた農地が多く、特に新国道十五号線の沿道の各土地は法律上、経済上同市の村域に準ずる地域内にあるから同市に住所を有する右両原告を目して本件農地の不在地主であるとし、その所有地全部を買収したのは自創法第三条第一号に反し違法である。従つて右両原告は本件農地のうち各自希望の各一町歩の小作地を買収除外地として保有しうべき筋合であるのに、その全部を買収して小作地保有量を侵害した本件農地の買収は違法である。
(六) 本件農地の買収計画において定められた対価は次の理由から違法である。
即ち、
(1) 右対価は土地台帳の面積を基礎とし、その賃貸価格を基準として定めているが買収計画を樹立するに当つては地区農地委員会は実測面積を調査する職責があるのにこれを怠り本件農地の実測面積は土地台帳の面積に比し一割内外広いのにこれと一致するものとして漫然買収面積を認定したのは自創法第十条に反し違法である。
(2) 本件農地にはその殆ど全部について畦畔が附着しているが畦畔からはもとより収入は生じないから畦畔については賃貸価格というものはない。従つて賃貸価格を対価算定の基準とする以上別に畦畔につき対価を計上しない本件買収はその対価を給付しないことに帰し無償で買収したこととなるから違法無効の買収である。
(3) 自創法第六条第三項の規定は強行法規でなく訓示的に地区農地委員会に基準を示したに過ぎない。然るに金橋村農地委員会は本件農地については前記のような特別の事情があるのにこれを無視し、被告奈良県知事の認可を求めないで田は賃貸価格の四十倍、畑は四十八倍として算定したのは違法であり無効である。
(4) 本件農地は本件買収当時少くとも一反当り金五万円乃至七万円の時価を有して居たにも拘らず其の五十分の一乃至七十分の一に過ぎない著しく低廉な価格を以て買収したのは憲法の保障する正当補償を無視し場合によつては自創法第十四条の対価の額に対する不服の訴に依る迄もなく当然無効の処分たるを免れないものである。
次に手続上の瑕疵として、
(一) 本件宅地建物及び農地の各買収計画及び売渡計画は大和高田市農地委員会及び金橋村農地委員会各作成名義の各買収計画書及び売渡計画書により表示されているが、
(1) 右各計画書には公告の時期の表示がなく、又大和高田市農地委員会の各計画書には決議の法定事項である買収乃至売渡の期日の記載がない。
(2) 買収計画書及び売渡計画書は地区農地委員会なる合議制行政庁の裁定書であり、文書の内容が議決の内容と一致することの証明文書であるから当該農地委員会の特定の具体的決議に基いた旨の記載及びその決議に加わつた各委員が作成することを有効条件とするのに本件各計画書にはいずれも当該各委員会の特定の決議に基いたことの表示がなく、又当該各委員会の証明印はあるが作成責任者が不明であり、その要件を欠いている。
(3) 各計画書はその作成後当該各委員会に提出して確認を得ておらないものであり、又各計画書が当該各委員会に備え付けられた年月日の表示もない。
(二) 本件各計画の公告が仮りに正規の掲示場に掲示されたとしても、
(1) 地区農地委員会のする買収計画及び売渡計画の公告は行政法上の単独行為であつて、その相手方に対する告知行為によつて右各計画は対外的にその効力を発生するものであるのに本件各公告はいずれも当該各農地委員会の決議に基いてなされていない。
(2) 右各委員会はいずれもその委員会々長に公告を委任した事跡がないのに、本件各公告はいずれも各委員会々長がその名義で公告している。しかしながらこれは法定の権限なくしてなした専断無権限の行為である。
(3) 自創法第六条第五項に所謂縦覧に供するものは各計画書の要目を抜書した書類である。本件について各農地委員会は右書類を作成せず各計画書をこれに代用しこれを縦覧に供するため公告しているが仮りに右書類を作成しないことが違法でないとしても公告は買収計画及び売渡計画そのものを告知することを要し公告文自体に各計画書の全文を包含せしむべく少くとも右書類若くはその代用としての各計画書が縦覧に供されることを一般に告知するため公告文面に各計画要項を明記すべきであるのに本件各公告は単に縦覧期間と各計画書所在場所を表示するに止まりその要件を具備しない無効の公告であり買収乃至売渡手続を開始させる公法関係を生ずるに由ない。
(三)(1) 本件各計画については適法なる承認申請がなかつたものである。即ち当該各委員会々長は奈良県農地委員会々長に対しそれぞれ右各計画について承認の申請をなした外形は存するが、右申請についてはいずれも当該各委員会において承認申請をする旨の決議がなく、各委員会々長にその申請権限を委任する旨の決議もなされておらないから各委員会々長が権限なくして専断に出たものであるのみならず、本件宅地建物の買収計画の承認申請は自創法第八条所定の時期以前である同計画の縦覧期間未了の時期になされたものである。而して承認行為は地区委員会の定めた買収計画乃至売渡計画という行政処分についての審査裁量処分であつて適法な承認申請を俟つてのみ行われるものであるから適法な申請に基かない承認の決議は有効条件を欠き無効である。
(2) 本件各計画について奈良県農地委員会は承認の決議をなすに先立ち各地区を分担する小委員会で各地区の各計画について審査をなし承認を相当と認めたものについては承認申請書にその旨の附箋をなし本委員会にこれを報告して承認の決議をしたものであるが、政府の買収乃至売渡という行政処分は買収計画乃至売渡計画について承認(又は認可)があつたときに始めて法律上成立し承認は買収計画乃至売渡計画と結合した一個の行政処分であるから委員会の決議で定まつた意見を文書で発表すべきであるのに本件承認の決議については奈良県農地委員会又はその会長名義で承認書を作成せず又決議のあつた旨の告知書すら当該各委員会に送達しておらず単に適宜の方法で通知したに過ぎない。従つて承認なる行政処分は適法に成立しなかつたもので本件各買収及び売渡は無効である。
(四)(1) 本件各買収令書乃至売渡通知書は、買収計画乃至売渡計画所定の買収の時期乃至売渡の時期より遙かに後れて発行され、被買収人乃至買受人に対し交付され若しくはこれに代る公告がなされたものである。かように買収の時期乃至売渡の時期を徒過してなされた買収令書乃至売渡通知書の発行は仮りに先行するすべての買収乃至売渡手続が適法且つ有効であつたにせよなお違法であり、後日発行しても買収処分乃至売渡処分の適法な執行とはならない。当該各処分は右期日の徒過と同時に法律上当然消滅するものである。
(2) 本件各買収令書乃至売渡通知書はその内容において無効である。
即ち、
(イ) 右各買収令書には対価支払について、千円以下は現金で、千円以上は農地証券で支払う旨表示してあるが、買収計画にはすべて現金払と定められており対価支払の方法が異る。農地証券払とすることは代物弁済であり、政府が買収計画により定めた支払方法を買収令書により変更することは知事の権限踰越の措置であつて買収計画の執行として違法である。
(ロ) 仮りに自創法第四十三条を根拠に右証券払が許されるとしても同法条には右証券の交付価格は時価を参酌して大蔵大臣がこれを定めることになつており本件買収時期における右証券の時価は額面の六割程度であるから本件各買収令書は各買収計画所定の対価相当額の証券払額面を四割程度増加すべきであるのに右証券の価格を額面同一に評価して対価額の支払に充当したのは違法である。もつとも右対価支払は自創法に基く省令によりなされた如くであるが法律を行政命令で改正することはできないから該省令は無効である。
(ハ) 本件宅地及び農地につき各筆の対価を合算して現金交付額を定めることは農地証券の時価が額面通りであれば経済上買収計画と同一の対価支払方法であるといえるが前記の如く額面の六割程度である以上合算により不当に実質上の対価額を少くすることとなり又いずれの土地について現金交付額が幾何なのか不明となり買収令書と買収計画との間に内容の不一致があるから買収令書は買収計画を違法に執行することとなつて無効である。
(ニ) 対価給付の場所即ち現実支払の場所は買収計画には明示されていないがその買収の執行される場所であることは当然であり、府県知事が令書発行の権限を有する以上その執務場所である府県庁で支払われるべきで、従つて本件各買収の対価支払場所は奈良県庁であるのに日本勧業銀行奈良支店としたこと及び対価受領の委任状を差出さない場合は農林省で支払う旨同令書で定めたことは買収計画所定の対価支払場所を変更した違法な措置である。
(ホ) 買収計画乃至売渡計画で定められた対価の支払は買収の時期乃至売渡の時期限り現実になされるべきであるのに、被告奈良県知事は、故意又は過失により不法にこれを遅延するため買収令書の交付を遅らせ被買収者の対価受領権益を侵害し、又売渡対価の納付が売渡期日以後になされていることを知つて売渡通知書を交付したものであつて対価を支払うべき各計画書所定の時期を擅に変更した違法な処分である。
以上本件宅地建物及び本件農地の買収乃至売渡処分は重大なる実体上の瑕疵あるのみならずその手続としてなされた各行政処分の手続上の瑕疵違法は明白重大な瑕疵であるから該処分を当然無効ならしめると共に本件買収乃至売渡計画の樹立、これに対する承認、買収令書乃至売渡通知書の発行を含めた一連の処分すなわち政府の買収乃至売渡処分を当然無効ならしめることに帰し、買収の無効は結局売渡の無効を招来し原告田中楢次郎は外形上買収売渡により本件宅地建物の所有権を喪失した観があつてもなおその所有権を保有し、又原告田中茂、同シカエは同様本件農地の共有権を保有するものであるからこれが確認を求め更に買収売渡の各登記の無効の確認とその抹消を求めるため本訴に及んだと述べた(立証省略)。
被告国、奈良県知事指定代理人は主文同旨の判決を求める旨申し立て、答弁として原告等主張事実中その主張の各物件についてその主張の各農地委員会がそれぞれ買収計画及び売渡計画を定めて公告し、奈良県農地委員会が右各計画につき承認をなし、被告奈良県知事が原告等主張の日それぞれ買収及び売渡処分をしたことは認めるが右各計画乃至処分の内容について瑕疵違法があるとの主張はこれを否認する。即ち、
(一) 原告田中楢次郎は本件建物は一般住宅用に賃貸したもので、農地の耕作用に貸したものではないと主張するが農業を経営するには住居が安定していなければこれに精進することはできないから、仮令同原告主張の如く当初一般住宅用として賃貸した建物であつても、その住居者である苗村藤次郎は当時右建物を農耕を営む為に使用し現に農地改革により特定農地の売渡を受けているのであつて、大和高田市農地委員会はその農地の位置、面積、宅地建物の構造等の現況を考慮して自創法第十五条第一項第二号の賃借権を有する建物として買収計画を立てるを相当と認め之を行つたのであるからその買収は何等違法ではない。
(二) 同原告は右苗村に建物は賃貸したがその敷地である本件A宅地は賃貸したことはないと主張するが、右宅地建物の賃貸借契約は大正十五年五月一日右苗村の亡父と原告田中楢次郎との間に成立し、右苗村は相続によりその賃借権を承継して本件買収当時既に二十年以上賃借しており昭和十九年以来同原告が家賃を受取らないのでその後買収になつた昭和二十三年までの家賃額を奈良司法事務局葛城出張所に供託している。凡そ宅地のない建物ということは考えられず建物は宅地と不可分の一体をなすもので同一所有者に属する宅地建物を併せて賃借する場合にその建物の賃料と宅地の賃料とを区別しないで単に家賃として支払うことは普通に行われる事例であり本件賃貸借について仮令家賃という名称が用いられていたとしてもこれには当然宅地の賃料も包含されていたもので直ちに右宅地につき右苗村の賃借権がなかつたとは断定できない。
(三) 同原告は本件B宅地について吉本忠次郎に賃借権はないと主張するが右宅地はもと当麻定雄の所有であつたがこれを賃借してその地上に建物を建築し所有していた藤本ナヲが昭和六年一月十五日同人から買受け更に右藤本と同原告との間に紛争が生じたため同原告が同年四月右藤本から買取つたものである。爾後右藤本は同原告から右宅地を賃借していたが神戸に転住する必要から同人の弟である吉本忠次郎に右賃借権及び右藤本所有の建物、農地農具等一切を譲渡したものであつて同原告も事実上これを認めていたものである。仮りに右譲渡が認められないとしても右吉本は右藤本の実弟であつて同一世帯員として長い間同居しており同原告もこれを認め藤本の転住後吉本の右宅地使用を黙認していたのであるから依然として従来の賃貸借契約は存続し、仮りに然らずとしても右転住のときに新たな賃貸借関係が黙示の意思表示により発生したものでありいずれにしても右吉本は右宅地の賃借権を有するから本件買収は適法である。
(四) 本件宅地全部につき原告主張のとおり被告奈良県知事が一括して買収し所有権移転に際して始めてこれを分割して右苗村、吉本両名に売渡したのは昭和二十三年大蔵農林省令第二号に基いてなしたものであるから何等瑕疵は存しない。
(五) 本件農地は近く使用目的の変更をすることを相当とする農地に該当しない。蓋し右の「近く」「相当」の文言の意味は解釈次第で如何ようにも拡がりうるものであるが自創法第一条の目的を達成する上に狭く解さなければ農地改革の実現は根本から破壊されることになるから、金橋村農地委員会は本件農地附近が現況農地であり、使用目的が変更されることは近い将来にはないものと認定して別段承認を得ず自創法第五条の指定をなさなかつたのである。
(六) 本件農地の所在する地域は同原告の住所地の隣村であるが、自創法第三条第一号に所謂居村に準ずる隣接地の指定は前の同法第五条第五項の指定と異り、個別的に一筆毎に指定するものではなく一般的に少くとも字を単位として農地改革の精神、小作地の開放面積の多寡、隣接市町村との関係の緊密度其の他諸事情を考慮して不在地主扱をすることがあまりにも常規を逸するような場合に例外的に指定するものであつて、本件農地については右居村に準ずる隣接地とは認められないから原告田中茂、同シカエは不在地主であり、従つて保有地の侵害関係は生じない。
(七) 本件農地の実測面積は公簿面と一致する。仮りに若干の相違があるとしても著しく不相当な程度ではないから自創法第十条但書に該当しない。又畦畔についても賃貸価格の定めがあり対価も必然にあるのであるが公簿面では畦畔は一筆の農地の一部分として包含されて賃貸価格が算出されているのであるからたとえその記載が明瞭でなくとも畦畔について無償で買収したことにはならない。本件農地の買収対価は時価を参酌した正当な補償であり不当違法ではない。又以上の各買収及売渡手続につき、本件各買収令書乃至売渡通知書の発行乃至交付が各買収期日乃至売渡期日以後になされたこと各公告について自創法第六条第五項の書類、各承認について農地委員全員の署名押印した承認書をいずれも作成していないことは認めるが原告主張のような瑕疵違法があることは否認する。いずれにしても本件買収及び売渡は実体上についても手続についても違法無効ではないから、その無効確認及びこれを前提とする権利の確認並びに各登記の抹消手続を求める原告等の請求はいずれも理由がないと述べた(立証省略)。
三、理 由
原告等主張の本件各物件について、その主張の各農地委員会がそれぞれ買収計画及び売渡計画を定めて公告し、奈良県農地委員会が右各計画につき承認を与え被告奈良県知事が原告等主張の日それぞれ買収及び売渡処分をしたことは当事者間に争がない。そこで右買収計画並買収処分が適法になされたか否かについて以下順次検討を加えることとする。先ず原告等主張の実体上の瑕疵の有無について判断する。
(一) 原告田中楢次郎関係について、同原告は其の主張の建物は一般住宅に供するために賃貸したもので農地の耕作用に貸したものではないから自創法第十五条第一項第二号に所謂自作農となるべき者が賃借権を有する建物に該当しないと主張するので按ずるに、本件建物につき買収申請人である訴外苗村藤次郎に賃借権のあることは当事者間に争なく、証人苗村藤次郎、仲埜藤五郎の各証言及び原告田中楢次郎本人の訊問(第一、二回)並びに検証の結果によれば本件建物は大正十五年五月頃当時大日本紡績株式会社の高田工場の職工長をしていた右苗村の父が同原告から家賃五円で賃借したもので、右苗村が十八、九年前其の父の死後家督相続により賃借権を承継したこと、同人は亡父の存命中から右建物に同居して小作農に従事し農地改革により田四反七畝十三歩の小作地の売渡を受け農業を営んできたこと及び本件買収計画樹立当時右建物を自己及び其家族の居住の外農作物の収納、農機具の格納、雨天の際の脱穀作業等田畑五反八畝余の耕作を営む為に利用していたことをいずれも認めることができる。そうして右賃貸借契約が成立した当初において右建物が一般住宅用に賃貸されたものであることは認めうるも同原告が特に農耕用に貸すものでないことを明示し、一般住宅用のみに使用することを条件としてかかる合意のもとに賃貸借を締結したものと認めうべき証拠はなく十数年間も右苗村が専ら農耕を営む為右建物を使用し居れることにつき同原告に於て毫も異議を述べた形跡がない又右建物の現況、附属建物の配置その他諸般の事情から客観的にみて右苗村が前記売渡を受けた農地の耕作を営むにつき必要なる建物であると言うべきであるから右苗村の申請に基き之が買収計画を立て之が買収をなしたるは洵に相当であつて此点に関する同原告の主張は理由がない。
(二) 次に同原告は本件宅地のうち右苗村の使用する前掲A宅地については同原告と前記苗村との間に賃貸借関係はなく単に本件建物の使用に附随して使用させていたに過ぎないから前記法条に所謂賃借権を有する宅地に該当しないと主張するので審按するに、成立に争のない甲第八号証の四、証人苗村藤次郎、仲埜藤五郎の各証言及び原告田中楢次郎本人の供述並に検証の結果によれば同原告と右苗村との賃貸借契約は其の対象として本件建物のみを表示し賃料を家賃と称したようであるが普通宅地及び其地上の建物が同一所有者に属するときその宅地建物を併せて賃貸する場合その建物の賃料と宅地のそれとを区別しないで単に家賃として支払うことは通常行われる事例であつて本件の場合も前記各証拠によれば右通常の事例の一に外ならないことが認められる。そうして斯かる場合家賃と称する料金は建物使用の対価の外建物の敷地は勿論之に附随するその周囲の構内の土地の使用の対価をも包含するものであつてこの場合建物の賃貸借と右宅地の賃貸借とが併存するものと解するを妥当とする従つて右苗村は右宅地についても賃借権も有したものであるから此点に関する同原告の主張も到底採用することが出来ない。又同原告は右宅地は住宅の敷地が大半であつて一部の空地が農耕用に利用されていても敷地は農業用施設であるからこれを宅地として買収するのは違法であると主張するが前記各証拠に依れば原告主張の右空地は脱穀等の農事作業、農作物の乾燥等農家に必要なる土地にして自創法第十五条第二号に所謂宅地に包含せらるるものと解すべきであるから同原告の右主張も理由ない。
(三) 次に同原告は本件宅地のうちB宅地について訴外吉本忠次郎に賃借権がない旨主張するから按ずるに、証人仲尾正一の証言によつて成立を認めうる甲第八号証の一、郵便局の捺印あるから成立を認めうる同号証の三、成立に争のない乙第三号証の一及び証人仲尾正一、藤本ナヲ、吉本忠次郎(第一、二回)仲埜藤五郎の各証言及び原告本人の供述(第一、二回)(但し後記措信しない部分を除く)弁論の全趣旨を綜合すると、右宅地がもと当麻定雄の所有であつたが、これを賃借してその地上に建物を所有していた藤本ナヲはその夫藤本已之吉が大正六年頃死亡して農業に従事することができなくなつたので昭和元年頃その子藤本繁已とともに神戸にいた亡夫の弟藤本芳松の許に身を寄せることとなり、その後は当時既に同居していた藤本ナヲの実弟である右吉本忠次郎が右建物並に農地農具等一切を譲り受けて農業に従事し本件買収のときまで右宅地を使用していたこと、右藤本芳松が昭和六年一月頃右藤本繁已(当時未成年者)の親権者右藤本ナヲを代理して前記当麻定雄から右宅地を右藤本繁已名義で買受けたところ隣地の所有者である同原告との間に紛争を生じたため同年四月頃更に同原告に対し右土地を売渡し同時に同原告から右宅地を期間を向う六ケ年賃料を一ケ年玄米四斗と定め期間満了の上はその地上にある建物を収去して明渡す約で賃借したこと、同原告は右藤本繁已が右の期間満了後その明渡をしなかつたので昭和十二年八月二十八日同人宛に内容証明郵便でその履行を請求する旨の催告書を発送したが実際上の宅地使用をしていた右吉本忠次郎に対しては明渡を請求することなく、却つて同人が前記藤本ナヲの神戸転住後右宅地上の建物に居住し農業を営み来れることを知り乍ら約定期間経過後十年余の長期に亘り右吉本忠次郎に対し右宅地の使用を許容し、昭和十八年頃に至る迄同人より前記約定の賃料を受取つて居たことを認めることができるこれに反する原告本人の供述の一部はこれを措信しがたく他に右認定を左右するに足る証拠はない。然らば右約定の期間経過後は右宅地につき同原告と右吉本忠次郎との間に期限の定めなき賃貸借が成立して居つたものと認むるを相当とする。従つて此点に関する同原告の主張もその理由がない。
(四) 次に同原告は本件宅地のうち大字土庫五十六番地八十九坪の内十二坪四合を右苗村藤次郎が使用し残七十六坪六合を右吉本忠次郎が使用して居つたに拘らず之を分割することなく右土地全部を苗村、吉本両名の共同買受申請に基くものとして買収計画を立て之を買収したことは不適法であると主張し被告等に於ても右事実は争わないところであるが、右両名に右土地の一部ずつにつき賃借権が認められることは前に判示したとおりであつて被買収者である原告にとつては一筆の土地全部を買収されることに変りなく、之が為めに何等不利益を蒙ることなく分筆して其の上買収を受くるとその結果において同一に帰するのであるから右事由を以て本件買収を無効とするに足らないと云うべきである。
(五) 原告田中茂、同シカエは本件農地はその位置、環境、特に交通関係即ち新国道第十五号線の完成により近く使用目的の変更さるべき土地であるから買収から除外すべきであると主張するので按ずるに、成立に争のない甲第二十一乃至二十三号証、乙第六号証、証人竹村奈良一、橋本楢太郎、森家新司、石河英太郎、窪田義治、上田熊三の各証言及び検証の結果を綜合すれば、両原告主張の如く本件農地は新国道第十五号線の予定地に隣接しており、右国道はここ一両年には完成の予定であり、完成の暁は右農地附近は現在以上に交通が頻繁となり大和高田市を控えて発展の可能性あることは認められるのであるが早急に工場地、住宅地、商業地に転化することはたやすく肯定できないのであつて、前記各証人の証言も各々の主観により千差万別で多分に想像の域を脱しておらず本件買収期日当時客観的にみて使用目的を変更することを相当とする土地として買収から除外すべきであつたとは認められない。奈良県において自創法第五条第五号による除外指定をした例はなく、かかる使用目的変更の可能性につき調査することが等閑にされていた嫌いは認められるところではあるがもともと同法条は同法第三条の原則に対する例外として近く使用目的を変更することを相当とする農地でこれを農地以外の目的に使用する方がその土地の利用価値を増進すると思われる場合に限つて買収から除外するものであつて、本件農地附近の如く新国道の敷設は進行していても一面の田圃であつてその間に住宅店舗がなく、又該農地の方向に住宅店舗が延びつつある状況にもない地域は同法第五条第五項に該当しないというべきである。
(六) 次に右原告両名は本件農地の所在する金橋村大字曲川と原告等の居住する大和高田市とは畦畔を境として隣接し同市の地域に準ずる地域内にあるから不在地主ではないと主張するのでこの点判断するに、成立に争のない甲第六号証、同第二十一乃至第二十三号証、証人橋本楢太郎の証言及び検証の結果によれば大和高田市と金橋村大字曲川とは隣接していることは認められるけれども其の間に河川が存し自創法第三条第一号も亦例外規定であつて不在地主とすることがあまりにも常規を逸するような場合にのみ該当し、本件農地買収の如く、隣接地であるという事情のみでは未だ不在地主と認定したことを違法視することはできないというべきである。
(七) 次に右原告両名は本件農地の買収の対価甚しく低廉不当であるのを理由としてその買収処分の効力を争つているけれども、自創法の目的とする買収の迅速処理の趣旨から買収対価の額に関する不服はすべて同法第十四条の訴によるべきで買収対価の不法を理由に農地買収計画の無効は勿論取消を訴求することは許されないと解すべきであるから右の主張も亦採用することが出来ない。
次に原告等主張の手続上の瑕疵の有無につき按ずるに、
原告等は本件各買収令書の発行は買収の時期を徒過してこれより遙かにおくれてなされ交付又は交付に代る公告がなされているから各買収処分は当然無効であると主張し被告等は右事実を争わないから按ずるに買収物件の所有権は買収令書の交付又は之に代る公告に依り買収令書又は右公告に記載したる買収の時期に政府が取得するものであるから買収の時期は買収令書発行以後の日時たることを要するが如き観なきにしも非らざるも、買収の時期は既に買収計画に於て確定せられ公告並に縦覧に附せられてあるから関係者は夙に其の時期は予期し得べきものと云うべく其後異議の申立、訴願申立等の手続が履践せられ其他の事情の為め買収時期を経過したるときは買収の時期を変更することを得ないから已むを得ず其後に至り買収令書の発行を見ることあるものと言わなければならない。かかる場合には政府の所有権取得は買収期日に遡つて其効力を生ずるものと解するのは相当であるから之が為めに買収処分の無効を来すことがないものと云うべきである。従つて原告の右見解は採用し難い。其他原告等に買収計画書、公告、承認、買収令書発行の各手続につき瑕疵ありと詳細に亘り主張するにより当裁判所は右主張につき仔細に検討するに之の何れもが買収処分の取消の事由とするは格別之を以て買収処分の無効の事由とするに足るものは一も見当らない従つて此点に関する原告等の主張は採用するに由がない。尚原告等は実体上及び手続上の瑕疵に基き本件各物件の売渡処分の無効の点につき縷々説明するところあるも仮に売渡処分を無効とするに足る瑕疵存するとするも之が為め買収処分の無効を招く虞がなく且つ原告等は右売渡処分のみの点につき無効確認を求むる利益がないから此点に関する判断を省略する。然らば本件買収及び売渡処分の無効確認を求める原告の請求は理由がなく、これを前提とする所有権及び共有権の確認並びに買収及び売渡登記の無効確認とその抹消登記手続を求める各訴も亦理由がないことが明かであるからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十四条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小林定雄 谷野英俊 田坂友男)
(目録省略)